2011年

3月

31日

こぶしの花に

 晴れていた空に暗雲が立ち込め、急にぽつぽつと雨が降ってきました。傘も持たず歩いていたので、にわか雨かしら、それとも、本降りになるのかしらと空を見上げました。黒い雲は動いていて遠くには青空も見えるので、きっと通り雨ともう一度空を見上げると、そこに、こぶしの花が。

 よく通っている場所なのに、ここにこぶしの木があるとは知りませんでした。大きな木に、数え切れないほどのこぶしの花が咲いていて、見上げると、空の彼方まで続いているような・・・。

 雨の中、何だか去り難く、帽子を目深に被り、こぶしの花を見続けました。しばらくすると、雨も止み青空が・・・。暗雲と青空の狭間のほんの一瞬、私の中の時が止まりました。こぶしの花よ、北の地で今だ彷徨う魂達を天国にと小さな祈りを捧げました。

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2011年

3月

30日

スミレ色の・・・

昨日購入した絵本15冊を盛岡市の「3・11岩手絵本プロジェクト」宛てに送ってきました。 恐ろしい体験をした上に、今なお困難な生活を強いられている被災地の子供達・・・そんな子供達の心が、たとえ一時でも、現実の世界から本の中の世界へと羽ばたき、そこで得た「希望」や「夢」を、現実の世界に少しでも持ち帰ってくれることを祈っています。

  希望の色・・・今の希望の色は、まだ悲しみの方が強い。道端に健気に咲くスミレも今年は何だか下を向いて少し悲しそう。でも、よく見ると、スミレ色の花びらには、未来へと続く何本かの白い筋があります。悲しみを秘めながらも、未来を見つめているこんなスミレ色が、今の私達の希望の色かもしれません。

 

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2011年

3月

29日

絵本

  被災地の子供達に絵本をという「3・11絵本プロジェクトいわて」、被災地に直接送ることが出来るので、早速、絵本を買ってきました。子供達も大人になり、絵本とは縁のない生活を送ってきましたので、久しぶりに手にした絵本に、目が釘づけになりました。

 夕食の支度も後回しにして、15冊一気に読んでしまいました。特に、今はもう絶版になっていると思われる世界文化社の「おはなしらんど」シリーズは、子供はもちろん読み聞かせる大人も楽しめる素晴らしいものです。

 まず、お話のセレクトの素晴らしさ。アンデルセンやグリムだけでなく、有名な世界の文学者達がずらり!さらに、裏表紙には、作者の経歴と作品の解説もきちっとあり、しかも作者の珠玉の言葉も。

 『緋文字』で有名なホーソンの『きんのすきなおうさま』の裏表紙には、こんな文章が・・・。

 

  「私の羽は、虹のような色をしています。」希望は言いました。

  「なぜなら、私の性質は陽気ですが、涙と笑いが、同じくらいの

   分量でまじりあっているからです。」

 

                  (『子供の楽園』より)

 

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2011年

3月

28日

「ありがとう」

  私達は1日に何回「ありがとう」と言っているでしょうか。「ありがとう」と言われて笑顔になったり、「ありがとう」と言って優しい気持になったり。感謝の気持ちを伝える素敵な言葉「ありがとう」。

 これまで言ったどんな「ありがとう」よりも、これまで言われたどんな「ありがとう」よりも、心に響く「ありがとう」、それは、被災された方々の心の底からの「ありがとう」。10日ぶりにお風呂に入っての「ありがとう」、炊き出しの温かい豚汁を食べての「ありがとう」、手作りのまくらへの「ありがとう」・・・。

 強く逞しく生き抜こうと立ち上がっている被災された方々に、心からの「ありがとう」を捧げます。生きる力を頂いているのは私達の方です。

 

 庭中に繁茂した強く逞しいツルニチニチソウが、今年もまた美しい花を咲かせ始めました。

 

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2011年

3月

27日

黄水仙

 咲き始めのミモザが月の光ならば、枯葉の中に輝く小さな黄水仙の群れは、朝の光・・・。眩しいほどの朝の光。

 陽が昇れば、暗闇の中に隠し続けてきた悲しみや苦しみともう一度向き合わなければならないけれど、それでも朝の光は、希望の光。眩しいばかりに降り注ぐ朝の光をうけて、悲しみや苦しみを背負いながらも、私達は、明日へと続く道を歩き始めなければ・・・。

 

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2011年

3月

26日

月の光

 咲き始めの頃のミモザ、優しい月の光のような風情に、しばし目を奪われました。

 暗闇の中の一筋の月の光・・・、その光をたよりに、夜明けを待ちましょう。月の光は幾筋も幾筋もの光となって、私達すべてに降り注いでいます。

 

 決して、一人ぼっちではありません。皆で夜明けを待ちましょう。

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2011年

3月

25日

芽吹き

 冬を越えて、ようやく薔薇が芽吹いてきました。木枯らしが吹き荒れた日々、太陽を閉ざした鉛色の空の日々、深い雪に閉ざされた日々、雨の降らない乾燥の日々・・・、過酷な冬の日々をいくつも乗り越え、今、春の陽射しに小さな芽達が動き始めました。

 生命が持つ不屈の力・・・私達人間も持っている不屈の力で、この苦難の時を共に乗り越えていきたい。

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2011年

3月

24日

湯たんぽ

 我が家なりの節電を色々試みていますが、湯たんぽはとっても温かく重宝しています。子供達が赤ちゃんの時に使っていたものなので、かなりの年代物です。他の育児用品は何一つ残っていませんが、この湯たんぽだけは大切に仕舞ってありました。

 ここ何年かは出番がありませんでしたが、大震災以降は、一日中使っています。朝お湯を入れて、スイッチを切った電気コタツに入れれば、温か「湯たんぽコタツ」に。夕方またお湯を入れ、寝るまでは「湯たんぽコタツ」。寝るときにようやく本来の湯たんぽに。

 電気を使わなくても暖をとることが出来る湯たんぽ、これからもずっと使っていきたいと思っています。ストールや上着を1枚はおれば、さらに温かに。

 

 今、日本中で皆が工夫しながら、節電しています。これまで、電気に依存し過ぎていた生活を反省しながら・・・。

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2011年

3月

23日

たんぽぽの根

 野道に咲くたんぽぽを見つけました。茎も伸ばさず地面に這いつくばるように花を咲かせています。以前何かで、たんぽぽの根はとても長くごぼうのように逞しいと読んだことがあります。

 踏まれても踏まれても、地中奥深く張った逞しい根に支えられて、また花を咲かせるたんぽぽ。すべてを失った人々が再び立ち上がるために、私達一人一人が地中で支える太く長く逞しい根っこにならなければ・・・。

 

 たんぽぽの黄色い花が、とても眩しく感じられた春の日でした。

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2011年

3月

22日

花の挽歌

 あの日、海辺の町をいくつも飲み込んで廃墟にしてしまった自然、そして、 雨上がりに、こんな優しい花を咲かせてくれる自然、どちらも同じ自然。

 自然の恐ろしさと優しさ、そのどちらとも寄り添って生きてきた海辺の人々を、なぜ飲み込んでしまったのでしょうか?自然と共に生きてきた人々なのに、なぜ?

 

 雨の雫が花から葉へと伝わり涙となって・・・、こうべを垂れたヒマラヤユキノシタがひっそりと挽歌を奏でる朝でした。

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2011年

3月

21日

慟哭・・・今朝の日経新聞から

2011年3月21日 日本経済新聞 文化面
2011年3月21日 日本経済新聞 文化面

  今朝の日経新聞で、作家辺見庸さんの「置きざりにされた記憶」を読みました。宮城県石巻市南浜町生まれの辺見さん、故郷を津波で失ってしまった心情が綴られています。辺見さんの「感官のあらかたをこしらえた」という南浜町の物理的喪失、それは、心の喪失・・・。

 連絡のとれない人々・・・「記憶だけが水びたしの廃墟にとりのこされて、存在はなにもあかされないのだ。肝がぎりぎりとしぼられる。」

 「毎日ほうけみたいに廃墟の映像をみている。散乱する遺体と記憶のかけらたち。南浜町の海岸から堤防をへて入江へとむかう小径には、わたしの思考法をいまのようにみちびいたとろけるほどに美しい風景と、それとうらはらな暗い影がいつだってつきまとい、宇宙のすべての愛と憎悪と不条理をすいこんで、昏倒しそうなほどに静まりかえっていたのだ。いまは、もうない。・・・」

 

 「慟哭」という言葉が、波のように五臓六腑に押し寄せてはひき、ひいては押し寄せてくる朝となりました。

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2011年

3月

20日

2ℓの水で

 電気もガスも水道も震災前と変わっていない愛知でも、一昨日は、スーパーの店頭にお米や水がありませんでした。不要な買いだめの結果ではと心配していましたが、今日の夕方は、通常よりは少なめなものの、お米も水も棚に並んでいました。

 特に、2ℓ×6本の箱売りの特売の飲料水も通路の目立つ所にありましたが、我先にという人は誰もいませんでした。愛知は、中部電力なので停電もなく、被災された方々には申し訳ないくらいの日常があります。水は水道から出るのです。

 買い物している皆さんも、「この水で、被災された方々の命をどれだけ繋ぐことができるのだろうか」という想いを持って、箱売りの飲料水を見ているようでした。

 今、我が家には、以前買った2ℓの飲料水が1本あります。非常用の水として大切にとって置くことにします。これ以上、買いだめは必要ありません。何といっても、水道をひねれば、水が出るのですから・・・。

 それにしても、水やその他の物資は、被災者の皆さんの元に行き渡ったのかと案じられます。

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2011年

3月

19日

次に必要なもの

折り紙をお年寄りが子供達に教えながら一緒に出来る日が早く来ますように
折り紙をお年寄りが子供達に教えながら一緒に出来る日が早く来ますように

 今、被災された方々に必要なものは、命をつなぐのに必要な食品、燃料、医薬品、日用品など・・・。被災地の近くまで届いている物資が1日、いえ1時間でも1分でも早く被災者の皆さまの元に届くことを祈るばかりです。

 

 命をつなぐための物資が行き渡った後には、新たに必要なものがあるはずです。今はまだきっと心も体も極限状態で、悲しみも苦しみも封印して1日1日を「生き抜いていく」ばかりかと思います。

 衣食の心配がなくなった時、本当の「心の空白」がやって来るのではないでしょうか。家族や家を失った苦しみ、悲しみ・・・深い喪失感が心を支配すれば、生きる希望も失いかねません。

 そんな時に必要なもの・・・苦しさをたとえ一瞬でも忘れられる娯楽や、明日への希望を抱く力になるもの・・・、子供からお年寄りまでが、すべての人が笑顔になれるもの・・・、そのために、何が必要なのか、私達が何をしなければならないのか、今から考えておけば何とか間に合うはずです。

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2011年

3月

18日

今までは当たり前だったけれど

 大震災から1週間・・・被災された方々の命をつなぐ物資が今だ届いていない状況が続いています。何をすべきか、何ができるか、自問の日々です。

 

 電気湯沸かし保温ポットのお湯・・・、今まで何の疑問も持たず当たり前に使ってきました。ところが、この大震災をきっかけに生活を見直してみると、本当に必要なものではなかったことに気づかされました。便利さを優先するあまり、無駄な電力を使っていたことに、なぜもっと早く気づかなかったのでしょうか。

 軽く押せば、一定の温度に保温されたお湯が出る電気湯沸かし保温ポットに比較して、ステンレスの保温ポットのお湯は、時間が経つとだんだん冷めていきます。でも、それでも十分便利です。これからは、電気湯沸かし保温ポットの代わりにステンレスの保温ポットを使うことに決めました。今、私ができることの1つです。

 

 温かい1杯のお茶を飲んで頂ける日が1日でも早く来ますように・・・。

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2011年

3月

17日

祈りを込めて

 今夜は、ピンクの鶴を折りました。

 被災され困難な状況にあるにもかかわらず、懸命に生き抜こうとなさっている全ての被災者の方々と、いまだ行方不明の方々の小さな「希望の光」になることを祈りながら・・・。

 

  でも、本当は、被災者の方々の懸命に生きている姿から勇気や力を頂いているのは、私達の方です。

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2011年

3月

16日

レクイエム

 大地震の発生から、6日目の夜を迎えました。

 テレビで、8歳のお子さんを亡くしたお母さんが、遺体の火葬を申し込んでいる様子が報道されていました。混乱の中、火葬しかできない状況に「息子は成仏できないのでは・・・」と訴える姿に、悲しみを通り越した何とも表現できない感情が全身を襲っていきました。

 

 この震災で、亡くなられた方々の大多数は、このような状況に置かれているに違いありません。追悼の想いを込めた折鶴5羽と白薔薇が、モーツァルトのレクイエムの調べと共に、北の地で眠る犠牲者の方々の魂に届きますように・・・。どうぞ、安らかにお眠りください。  

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2011年

3月

15日

手と手を

 日が経つにつれ、被害の状況が少しずつ明らかになってきています。今、避難所に必要な物もわかってきました。今すぐに届けられるものなら届けたい、送れるものなら送りたい・・・気持だけが空回りしています。

 今できることの一つと、心ばかりの寄付をさせていただきましたが、被災された方々の「今」には、間に合いません。もどかしさはありますが、今こそ、私達が物心両面でひとつになってこの状況を乗り越えていかなければならない時ですね。

 

 「 ひとりの小さな手、何もできないけど 

   それでもみんなの手と手を合わせれば
   何か出来る 何か出来る  ♪♪  」

 

 この歌の心が、被災地の皆様に届きますように・・・。

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2011年

3月

14日

コップ一杯の水

  水道をひねれば出てくる水、スイッチを入れればつく電気やガス・・・そんなことが1週間前には当たり前と思っていましたが、今は、本当に有難いことに思えます。

 今もまだ、コップ一杯の水さえも満足に飲めない方々が沢山いらっしゃると思うと胸が痛みます。せめて、水も電気もガスも、心から感謝して使わせて頂かなければ・・・。

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2011年

3月

13日

今、私達ができること

 今、この国に起きている惨劇・・・、被災された方々は、穏やかな日常を一瞬にして失ってしまいました。今もライフラインは切断され、一体どのようなことが起きているのか全くわからない状況の中で、不安な夜がまたやってきました。

 夫の知人のご子息が、宮城県で安否不明とのことで、心配していると、先ほど住居は水没したものの、屋根に避難して無事救助されたとの連絡がありました。でも、まだ多くの方々が・・・。

 今、私達は何ができるのでしょうか・・・。せいぜい、節電することくらいしかできないのでしょうか。被災された方々の苦しみを思い、何ができるか考えてみたいと思っています。

 いつもと変わらない青空に、悲しみが一層募ります。

 

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2011年

3月

12日

大地震・・・

 青空に浮かぶ雲、その空の下で日々続く私達の暮らし・・・そんな穏やかな日常を一瞬にして奪い取ってしまう大地震が起きてしまいました。

 昨日の観測史上最大という地震は、実家のあるここ群馬でも経験したことのない大きな揺れが長く続きました。停電は12時間ほど続き、情報は遮断されたまま、夜になり今朝2時半くらいになってようやく復旧しました。長い夜でした。

 今朝、テレビで地震の様子が明らかになるにつれ、その恐ろしい被害の状況に愕然としています。美しい自然が牙をむく時・・・私達人間は何と無力なのでしょうか。ただ、テレビで惨状を見ているしかできない自分がもどかしくてたまりません・・・。救助を求めている方々が一刻も早く救出されますように。

 

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2011年

3月

10日

朝の散歩道で

 今朝は真冬のような寒さでしたが、冬支度をして朝食前に散歩に出かけました。遊歩道が整っている愛知の自宅周辺とは違って、生活道路を歩かなければならない実家での散歩には、また別な楽しみがあります。

 ご近所の庭に咲く水仙やクロッカスなどにも春の訪れを感じることはできますが、道端の雑草たちもそっと春を告げてくれています。ぺんぺん草・・・なずなもいつの間にかこんなに咲いていました。そういえば、なずなは、春の七草の一つでしたね。

 

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2011年

3月

09日

橋本不二子さんの薔薇

 橋本不二子さんの薔薇のリトグラフを玄関に飾っています。随分前に、名古屋のデパートで一目惚れして購入したものです。それ以来、不二子さんの卓上のカレンダーも毎年我が家に。

 不二子さんの描く植物に惹かれるのは、なぜでしょうか。たぶん、描かれてる花や緑が花屋さんで買ってきたものではなく、たった今、庭や野原で摘んできたばかりといったみずみずしい雰囲気を感じることが出来るから・・・。

 ハウス栽培され美しく整った薔薇ではなく、自然の中で自由にのびのび育っている不揃いだけど個性豊かな薔薇・・・。そんな薔薇を見つめる不二子さんの優しい瞳が好きです。

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2011年

3月

08日

春はあけぼの

 「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明りて紫だちたる雲の細くたなびきたる。」

 

 今朝は、枕草子のこの一節を体感したくて、かなり早起きをしました。起きてすぐは早過ぎてまだ真っ暗でしたが、少しずつ明るくなって行く様子を見ることができました。「紫だちたる雲の細くたなびきたる」という雰囲気も少しだけ味わえたような気分です。

 夕暮れ時の強いコントラストに比べ、なんだか優しい雰囲気の「春のあけぼの」、今日も一日が始まります。

 

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2011年

3月

07日

春の夕暮れ

  昨夜からの雨も朝には上がり、午後からは良いお天気になりました。夕方になると風が冷たく、外を歩くには手袋もいるほどで、まだまだ寒いです。

 でも、一雨ごとに春は近づいているはず・・・、随分夕暮れも遅くなってきました。清少納言の「春はあけぼの・・・」は有名ですが、春の夕暮れ時もなかなか趣があるのではないでしょうか。見慣れた街が、絵画のように美しく感じられた春の夕暮れでした。

 

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2011年

3月

06日

今日のお昼はひつまぶし

 日曜日、朝食はイングリッシュマフィン、ゆで卵とレタスのサラダ、アサリとワカメのスープ、苺、ヨーグルトと少し軽めで済ませ、お昼は、大口町にある「備長」というお店で名古屋名物のひつまぶしを。

 行列のできるお店なので、11時に家を出ましたが、開店の11時半前にすでに長蛇の列でした。2~3分の差で、一巡目の案内に間に合わず、30分程待つことになりました。

 待っている間に、店舗案内を見ると、ここ大口町が本店、名古屋に2店、銀座店、最近、福岡店も出来たようです。東京でも、福岡でも、ひつまぶしが味わえるのですね。

 さて、今日も、定番の「びんちょうひつまぶし」を頂きました。1膳目は、そのままで、2膳目はさらし葱とワサビを添えて、3膳目は、薬味におだしをかけてお茶漬けで。

 備長炭で焼いた香ばしい鰻に満足するのはもちろんのこと、どんなに混雑していても、最初のお茶を飲み終わった頃、絶妙なタイミングでお茶のお代りを持ってきてくださる等の心遣いが嬉しいお店です。

 お昼にしっかり食べたので、今日の夕食は、何かさっぱりしたものがいいですね♪

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2011年

3月

05日

水温む春

 本日、群馬から長野経由で愛知に帰宅しました。昨日、一昨日と真冬の寒さに震えていましたが、三寒四温の言葉通り、今日は日差しに少しだけ春の温もりを感じる日となりました。

 群馬から長野へ、長野から岐阜、そして愛知へと車窓の景色は、季節を2週間から1か月以上通り抜けていくような感じです。まだ寒さの残る群馬から真冬の気温の長野へ、そして、長野から西へと進んで行くにつれ、車窓の景色も少しずつ春めいていくように見えます。

 愛知に近づくにつれ、岐阜の山々も冬色から春色に。緑の山々を映す湖水にも、春の気配が・・・。水温む春、そんな言葉が浮かびました。

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2011年

3月

04日

椿といえば

乙女椿という品種のようです
乙女椿という品種のようです

 椿といえば、まず、侘助などが思い出され、和の趣を持つ花というイメージをこれまで持ってきました。また、花弁が一枚ずつ散っていくのではなく、花ごと散るという潔い終わり方は、何か凛としたものを感じていました。

 とはいえ、これまで、それほど気になる花ではありませんでした。実家の庭にも、そういえば大きな椿の木が子供の頃からあったはず・・・何色の花だったかしら・・・と薄い印象しかありませんでした。

 ところが、昨日のお昼、ちらほら咲き始めた庭の椿の花を見て、びっくり!それはそれは美しいピンクの八重の椿だったのです。これは、まさしくシャネルのカメリア♪といったイメージ・・・。そういえば、「椿姫」という小説やオペラもありました。

 椿は19世紀に西洋に渡って、品種改良され、華やかさの中にも和の趣を持つ花として、西洋人にも愛されているようです。

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2011年

3月

03日

お雛様

 今日3月3日は、桃の節句ですが、女の子のいない我が家では、お雛様には縁がありません。私自身のお雛様は、実家にあるはずですが、もう長いこと納戸に眠ったまま・・・、どのようなお雛様だったかという記憶もないくらいになってしまいました。

 日曜日に訪れた植物園に、小さなお雛様コーナーがありました。来年は、我が家も、お雛様の小さなコーナーを作って、ささやかな桃の節句を楽しみたいと思っています。

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2011年

3月

02日

ふきのとう

 実家の裏庭に、ふきのとうが顔をだしているを今朝見つけました。2つ♪♪と思って、よ~く見たら三角形の頂点になるあたりに小さな芽が出ていたので、3つ♪♪♪でした。先週の金曜日には、まったくなかったので、昨日の雨に「もう春ですよ~。顔を出してごらん。」と呼び起こされたのでしょうか。今朝はまだ、ふきのとう3兄弟でしたが、これからどんどん兄弟が増えていくのでしょうね。

 昨夜は、迎えに来てくれた両親と3人で季節の天麩羅の盛り合わせを頂きました。少し苦みのあるふきのとうは、春の香りだね・・・などと話しながら美味しく頂いていました。そういえば、裏庭のふきのとう、もう出ているかもしれない!と母が言っていたので、今朝は、朝一番に裏庭へ。運よく3兄弟に対面することができました。

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2011年

3月

01日

今日から3月

  長野のりんご畑
  長野のりんご畑

 春とは名ばかりの寒い2月もあっという間に終わりました。今日から3月、春が本格的に始動する季節がやってきました。

 3月の始まりは、あいにくの雨・・・。姨捨駅付近は雪がちらついていましたが、この雨は、春を呼び覚ます恵みの雨になるはずです。姨捨駅から長野駅方面へと進むにつれ、雪は、また雨に変わってきました。眼下に拡がるりんご畑にも、少しずつ春が・・・。枯葉色の草の下には、緑の芽がその命を膨らます時を待っているようです。

 

 長野新幹線に乗り換え、佐久平、軽井沢と高度が上がっていくにつれ、雨は、本格的な雪になってきました。軽井沢の3月の始まりは、雪景色となってしまいましたが、行きつ戻りつしながらも、春は一歩一歩近づいているはずです。

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